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人生観、投資

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家族の話(祖父編)

前回の続き。祖父は享年65歳。1980年代後半に肺ガンで亡くなった。発見されたときは末期だったようでみるみる痩せて弱っていったらしい。

 

祖父は私の大嫌いで憎むべき父には相当に厳しく、毎日のように叱り、投げ飛ばしていた。祖父には前科もあり、留置場に何度も入っていたらしい。合気道をやっていたなら、自分を律するという武道の精神は効かなかったのだろうか。父を毎日怒号をもって叱り、武力をもって投げ飛ばしていたのは、厳しく育て上げるためだったのだろうか。そして父に有無を言わせず合気道をやらせたのは、強い男に育てるという意図があったのだろうか。母からの伝え聞きなので祖父の真意はわからない。

 

ただ、私にとって祖父の印象は、それはとても優しい人だった。当時3歳の私は天王寺動物園に連れて行ってもらい、飛行機のおもちゃを買ってもらったのを覚えている。そんなバイオレンスなイメージなど皆無だった。

また、私にとっての祖母は、前回の記事でいう本妻だ。いわゆる父の育ての母親で、私は大人になるまで、その育ての母親をおばあちゃんと教えられ育った。父に生みの母がいるという事実は20代半ばに母から聞かされた。教えるの遅スギィ!自分RTいいっすか?・・失礼。

 

私にとっての祖母である本妻は10年程前に他界した。父の生みの母親もその後他界したようだが、父も私もそれは人伝えに事後報告だ。父は実の母の死に目すら立ち会っていないが、それで本当によかったのだろうか。

父と私は会話を交わすことはないので、その真相もわからない。

 

そして、祖父には志があった。アメリカの永住権をとり、孫たち全員をアメリカのロサンゼルスに呼ぶ為、アメリカと日本を交互に住む生活を続けていた。日本が世界一の名声を手にした1980年代に、祖父はこれからはアメリカの時代だ、孫たちとともにアメリカに移住し、アメリカで生活していこうという夢をいだいていた。周りからさぞアホかと思われただろう。

しかし2017年の今、祖父の言っていたことは正しかったのだろうとおもう。

祖父は若い頃祖母とともにアメリカを車で横断する旅行もしており、そこで、何か感じたものがあったのかもしれない。

 

いま孫のひとりがそのアメリカに全力で投資している。


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