読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

T.Hathaway's🇺🇸U.S. STOCKS LONG RUN

人生観、投資

follow us in feedly

うばわれた故郷

私は小学3年の冬、うまれ故郷から引越した。

理由も聞かされず、とつぜんだった。

 

聞かされたのは引越しが決まったからという言葉だけ。それまでのともだちと離れることになる、引越すわけもわからず、拒絶の訴えもこめて大泣きしたのを覚えている。

当然私が泣こうがわめこうが、父の決めたことは全くゆるぎなく、ただ従うしかない。

 

姉はそのとき中学3年。春から高校進学が決まっていた。

引越し先は同じ市内だったうえ、中学3年にもなれば、精神の成長は割と進んでいるし、高校で人間関係も一新されるのでさほど影響は大きくなかっただろう。

 

なぜこんなことをいうかというと、引越した土地が最悪だった。とくに近隣住民の人間性は子供ながらに衝撃的だった。

よそ者という理由であいさつをしても無視された。両隣の住民から、車が通りにくくなるように、わざわざ石を置かれた。プランターやポールなどもご丁寧に家に面した道路に置いて通行を妨害する始末。

車はやや大きかったので、それが気に入らなかったようだ。

ごみステーションで顔を合わせようが基本的にあいさつはしない。頭がおかしいレベルだ。

母が隣の底意地の悪いおばさんと口論していたのも覚えている。石の件だ。

反対隣のこれまた底意地悪いばあさんは車のほかに姉のピアノの音も気に入らなかったらしく、あいさつはしないが、わざわざ聞こえるようによく嫌味を言っていた。

 

外から入って来たよそ者に自分たちのナワバリを侵されることが気に入らなかったらしい。

いったいいつの時代だよと思うほどに、徹底された村社会だ。村の重鎮から認められて、寄り合いでOKサインが出てはじめて、村人と認められるのだろう。

古くさすぎてことばにならない。

当然そんなクソみたいな人間性の住民が多い地域だから、小学校がプチ修羅の国化してるのもだいたい想像がつく。いま思い返してみれば、とても納得できる。

 転校して一番びっくりしたのは、子供の数の多さと底意地悪いクソガキレベルの同級生がうじゃうじゃ群雄割拠していたこと。

 

私はわずか2クラス、人数も少ない小さな田舎の小学校で3年間過ごした。当然そこは素朴な子が多かった。

それが、いきなり人の裏をかいたり、どの派閥で立ち回るか、利用価値次第で平気で手のひら返しをするような連中だらけの集団に無理矢理入り、しかもそこに同化せざるを得ない、これほどキツイことはなかった。

 

なんで、ここに引越さなければならなかったのだろう

故郷にもどりたかった

 

近隣住民の大人もそんなクソレベルの愉快ななかまたち、家庭内ではDVパワハラクソ親父が居座る。そして、私の転校先のプチ修羅の国小学校では、謀略ばかりが錯綜する。小学3年の私にはとてつもない三十苦だった。

 

もっともそのクソ親父は近隣住民にも合法的にしっかりやり返していたようだが。

f:id:toallthe999:20170321164518p:plain

 

にほんブログ村 株ブログ 米国株へにほんブログ村にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 抑うつへにほんブログ村